矢野富栄【島根女子大生死体遺棄事件】!犯人の事故死と真相究明は?

2009年に発覚した島根女子大生死体遺棄事件は犯人特定をされないまま時効を迎え、殺人事件に切り替えて捜査が続けられました。しかし結果、犯人の矢野富栄は事件の2日後に事故死していたと判明しました。この許せない事件と矢野富栄の人となりを追いました。

目次

  1. 矢野富栄とはどんな人物?
  2. 矢野富栄が起こした島根女子大生死体遺棄事件とは
  3. 矢野富栄の猟奇事件<被害者が行方不明~遺体発見まで>
  4. 矢野富栄の猟奇事件<閲覧注意!被害者の状態>
  5. 矢野富栄は事故で死亡?
  6. 矢野富栄には前科があった
  7. 矢野富栄のデジカメにはおぞましい大量の写真画像が
  8. 矢野富栄逮捕に至らない無念の残る事件!

矢野富栄とはどんな人物?

まず、今回ここに記す矢野富栄と彼が起こした事件は近来まれを見る猟奇的な殺人事件でした。事件が起きてから何年も犯人が見つからなかった事件です。死体遺棄事件としては時効を迎え、その後、警察は殺人事件に切り替え、捜査を続けました。そして事件が発覚してから7年後、事態は最悪の結末を迎えました。7年間、未解決だった事件の犯人、矢野富栄は、事件直後に事故で死んでいたのです。

ずっと事件解明を願ってきた遺族の思いは怒りばかりのことだったでしょう。犯人が死んでいたら、恨みの言葉をぶつけることができません。苦しい刑に処することもできません。あまりに理不尽で不条理な話です。警察も必死で捜査をしたようです。この事件は事件発生直後の2010年2月、「捜査特別報酬金制度」の対象となります。犯人逮捕に協力した人に懸賞金が支払われることになったのです。

捜査特別報酬金制度は、本来であれば事件発生から半年以上経った後に対象となります。しかしこの事件に関しては異例でした。たった3か月で対象になりました。それだけ警察が事件に対して危機意識を持っていた事件だったのでしょう。この制度は犯人逮捕につながる情報を提供してくれた相手に対して、最大で300万円が支払われるというものでした。

ちなみに2017年3月、島根県警は事件解決に貢献してくれた3名に対して、合計額300万円を支払うことを決定しました。その後、事件は未解決のまま、捜査本部が解散されるまでの間に、2000件以上の情報が捜査本部に送られたのだそうです。事件発生当時は、あまりに凄惨なこの事件に関して、R氏と呼ばれる人物が、ブログに事件に関する情報を書き込みました。ネット上でも大きな話題となりました。

警察はこのネット情報も調査をしていたようです。逆に言えばネットの情報に頼るほど、捜査に行き詰っていたのだとも言えるでしょう。ネットの情報などを信じるなと言いたいところですが、それだけ警察は焦っていたのです。事件は未解決のまま年月は流れ、7年が経過しました。2016年、警察は事件現場付近に住んでいた人物の犯歴を調査しました。そこで矢野富栄の名が浮かび上がってきたのです。

事件が明るみになり、犯人が特定されたところで矢野富栄の画像が流出しました。矢野富栄と言われる画像は高校時代の制服姿の画像でした。にこやかに微笑む画像からは、猟奇的殺人事件の犯人であるとは想像もできませんでした。

矢野富栄はイケメン?

矢野富栄(やのとみはる)はイケメンだったと言われています。人には好みがありますから、この高校時代の画像を見ても「ぜんぜんイケメンじゃない」という意見もあるでしょう。ただ、矢野富栄自身は自分をイケメンと思っていたかもしれません。しかし本当にイケてる男だったかと言えば、およそイケメンではありません。矢野富栄は最悪の猟奇殺人事件の犯人と言われているからです。

高校時代の同級生の父兄は、小中学校時代から嫉妬されるくらい勉強ができて、目鼻立ちのはっきりしたイケメンだったと振り返っています。確かに目が大きく印象的で、うっすらと浮かべる微笑みに、イケメンだと感じてしまう人間もいたかもしれません。母親が近所で評判の美人だったそうで、母親似だった矢野富栄はイケメンだったと近所の主婦も証言しています。

イケメン高校生だったのか?

矢野富栄自身は自分をイケメンだと思っていたのでしょうか?もしイケメンを自認していたとしたら、女をどんな目で見てたいのでしょう?イケメンなのだと思っていたら、1人の女性を猟奇的な方法で殺したりするでしょうか?矢野富栄は学生時代どんな生徒だったのでしょう?中学生時代、高校時代はどうだったのでしょう?本当にイケメンで有名だったのでしょうか?

高校は私立の進学校へ

矢野富栄の実家は山口県下関市神田町にありました。近所の人の話では、家族は父、母、矢野富栄、弟の4人家族だったそうです。矢野富栄は下関市の小中学校で子供時代を過ごしました。高校は門司区の鎮西敬愛学園敬愛高校だったようです。矢野富栄と高校で同級生だったという男性会社員の証言があります。

高校時代は真面目な柔道少年

高校時代の矢野富栄は真面目な感じの生徒で、積極的に女子生徒と関わるタイプの高校生ではなかったそうです。事件に関与していると知ると、ただただ驚いていると証言しました。男性会社員の話では高校では男の特進クラスに所属していたそうで、有能な高校生であったようです。高校では陸上部に所属していたそうです。

女子学生から黄色い声援を浴びていたのではないでしょうか?柔道の経験者だったらしく、授業で1人だけ黒帯だったそうです。家族にとっては自慢の息子だったはずです。そんな家族をも不幸に陥れた矢野富栄の行動は悪質極まりないと言えるでしょう。

イケメン高校生はいつから転落し始めたのか?

男性の話では優秀な高校生だったようです。それでイケメンなら言うことない日々だったはずです。そんな高校生時代、どんな未来を夢見ていたのでしょうか?高校時代の同級生の話によると、防衛大を受験して合格したそうです。しかし進路を尋ねると「防衛大には行かない」と話したそうで、高校の推薦で九州の国立大学の夜間部に進学したそうです。

矢野富栄は九州工業大学の夜間部に進学しましたが、結局中退したそうです。イケメンの優等生に何があったのでしょう?防衛大に合格していたのなら、将来はいろんな意味で安心のはずでした。イケメン高校生、矢野富栄が転落の道を歩き始めたのは、この頃なのでしょうか?矢野富栄はラーメン店でアルバイトなどを経験し、平成21年春から下関市に本社がある住宅関連会社に勤務したようです。

矢野富栄の弟は美容院を閉院して夜逃げ?

イケメン高校生、矢野富栄の自宅は米穀店を経営していたようです。何年か前に家族の1人である弟が美容院を開店したそうです。しかし現在は閉店しています。店には「一身上の都合で閉店することになりました」とあったらしいです。現在、弟の消息はわからないといいます。矢野富栄の家族だというだけで、弟は注目を浴びてしまったのかもしれません。

弟に妻や子など家族はいたのでしょうか?いたとしたら家族が気の毒です。矢野富栄の家族で唯一残った弟は、被害者への賠償金を払ったりしなければならないのではないでしょうか?犯罪者の家族の悲惨な末路はさまざまに知られています。矢野富栄の弟も考えてみれば気の毒な身の上だったと言えるかもしれません。兄の猟奇的な部分を知らなかったのかもしれません。

矢野富栄が起こした島根女子大生死体遺棄事件とは

被害者平岡都さんと矢野富栄の関係

事件から7年が経過して、実はすでに事故死していたと判明した矢野富栄ですが、被害者となった平岡都さんとどんな接点があったのでしょう?矢野富栄が死んでしまった今となっては、自白証言は得られません。しかし矢野富栄の職業は、浜田市内に本部のあるソーラーパネル会社の益田営業所営業担当でした。この営業先の1つが、被害者の平岡都さんが住んでいた島根県浜田市だったそうです。

矢野富栄の勤務態度は真面目で、営業成績も良かったと言われています。住宅設備会社の採用試験面接で矢野富栄は、これからは太陽光発電の時代だと夢を語ったそうです。正式な社員採用のための修行の意味合いで、会社が借り上げた島根県益田市の一軒家に移り、太陽光パネルの営業を始めました。真面目な勤務態度の他、1件数百万円という高価な製品を数か月で6件受注するなど優秀な社員だったようです。

被害者の平岡都さんと矢野富栄はどこで接点があったのでしょう?平岡さんは2009年に高松商業高校を卒業し、島根県立大学に入学しました。海外留学の夢を抱く明るい学生で、将来は英語を使える仕事に就くことが夢だったそうです。サークルでは発展途上国の飢餓を救うボランティアを行っていました。連休や盆休みには実家に帰り、家族との触れ合いを大事にする学生でした。

交友範囲に矢野富栄がいた形跡はありません。大学や語学クラス、ゼミ、サークル、バイト先など限られたものでした。メールや電話のやり取りをする相手もあまり多くなかったそうです。特定の交際相手も当時はいなかったそうです。家族はどれほど苦しんだでしょう。明るい笑顔の画像から、のちに悲惨な最期を遂げることは家族を含め誰も想像すらしなかったでしょう。

失踪直前の画像として公開されたものは2枚で、白と黒のボーダーのワンピースに黒のレギンス、黒のバッグ姿です。バイト先から出てくる正面の画像と横顔のアップ画像が公開されました。平岡さんの家族はどれだけ心配だったでしょう。そして死体が発見されたとき、どれだけ無念だったでしょう。

バイト先と住んでいた寮の距離は1.5㎞と報じられましたが、直線距離の場合です。普段歩いて通っていたというルートを考えると、国道9号線を渡り、住宅と神社の境内を抜け、街灯の少ない曲がりくねった道を進むため2.3㎞で通勤時間は30分といったところでしょう。この経路は付近に雑木林もあり、決して明るい道ではありません。警察が発表した防犯カメラに映った画像の平岡さんに不審な点はありませんでした。

平岡さんと矢野富栄が知り合いだったという情報は何もありません。2人は偶然出会ったのでしょうか?それとも事故でも遭ったのでしょうか?どういった経緯で二人の人生が交わってしまったのかはもうわかりませんが、不幸な事故以外の何ものでもなかったでしょう。

矢野富栄の猟奇事件<被害者が行方不明~遺体発見まで>

2006年10月26日、平岡さんは夜にアルバイト先を出ます。最後に平岡さんが確認されたのが午後9時過ぎでした。従業員通用口から出てくる平岡さんが映っていました。以降、平岡さんの足取りはわからなくなりました。情報提供にと公開された画像は、この時の防犯カメラに映った画像でした。平岡さんが寮まで帰る道のりは人通りもなく、暗く、地域住民も敬遠している場所でした。

10月27日午後5時半ごろ、平岡さんの家族が携帯電話やメールなどをしますが連絡が取れません。28日に平岡さんがアルバイトに出勤しなかったことから、家族は島根県浜田署に捜索願を提出しました。警察は帰宅経路にあるコンビニ3店の防犯カメラを分析しました。しかし平岡さんの姿はありませんでした。つまりアルバイト先を出た直後に事故か何か、何らかのトラブルに巻き込まれた可能性がありました。

平岡さんの働くショッピングセンターは夜9時に閉店します。この時間帯に店員たちは次々に退社していきます。警察は防犯カメラの分析から従業員の事情聴取まで繰り返し行いました。これにより平岡さんが犯人と接触したのは買い物客用の駐車場などの近い場所だった可能性があるとしました。さらに知らない人についていく性格ではないことから犯人と面識があったと考え、捜査を進めていきました。

そして11月6日、広島県の東八幡原の臥龍山中の崖の下で、平岡さんに酷似した頭部が落ち葉の上に置かれているのがキノコ狩りに来ていた男性によって発見されます。島根、広島両県警は殺人・死体損壊遺棄事件として捜査を開始しました。7日にはDNA鑑定によって、平岡さんだと断定されました。頭部が発見されてから7日には左大腿部の1部、8日には胴体、9日には左足首と発見されていきました。

矢野富栄の猟奇事件<閲覧注意!被害者の状態>

島根女子大生死体遺棄事件は、あまりの凄惨な状況から今も人々の記憶に残っている事件です。11月6日に発見された頭部は殴打の跡があり、目は充血していました。首にはかきむしった跡と刃物で切断した跡がありました。8日に発見された胴体に両手足はなく、骨が見えてしまうほど胸部がえぐりとられていました。

また、性器の損傷も激しく、性別すらわからなかったぐらい切り刻まれていたそうです。左大腿部の骨の1部は切断され、さらには肉がそぎ落とされていました。胴体には死後に切り付けられた跡があり、1部は焼けていたそうでです。

その他、腹部からは内蔵が抜き取られていました。火であぶったような跡もあったそうです。19日に山林に落ちていた動物の排泄物から、平岡さんの爪が見つかりました。平岡さんの遺体を食べたものと思われます。このように異常な状態で遺棄された姿だったために、発見当時は警察官の中には人間による犯行に思えず、動物に襲われたためではないかと考えた人もいました。

残忍で猟奇的な殺人事件は、日本中を震撼させました。死体の状況が、バラバラに切断されていること、内臓が取り出されていること、性器を切り刻んでいることなどあまりに酷い状況に、ネットでは、悪魔の儀式を行っていたのではないかと推理する人々もいました。

矢野富栄は事故で死亡?

遺体発覚の2日後に交通事故で死亡

何年にも渡る捜査の結果、事件は最悪の形で解決を迎えました。矢野富栄は平岡さんの遺体が見つかった日からたった2日後、山口県内で交通事故を起こし、死亡してしまっていました。享年33歳でした。その時、母親が同乗しており、母親も亡くなりました。これに伴い、犯人死亡ということで不起訴処分になって、書類送検となりました。7年も追いかけてきた犯人は捜査本部が立ち上がった時にはもうこの世にいなかったのです。

矢野富栄は死亡した事故の当時、中国自動車道の下り坂を走行していました。ガードレールに何度もぶつかって、その挙句に白煙を上げて路側帯にに停まったかと思うや、車は火をふきます。車は大炎上し、矢野富栄と母親は無残な遺体で見つかりました。ブレーキやスリップ跡がないところから、さまざまな憶測が流れています。

矢野富栄は事故死するまで、普通を装って暮らしていたようです。しかし遺体が発覚し、逃げられないと考えたとしたら、本当にただの事故だったか疑ってしまう人もいるかもしれません。それに母親が同乗し、死亡したという点も事故死に疑問を抱く理由の1つです。

矢野富栄には前科があった

矢野富栄には前科がありました。事件の5年前、九州や東京で起きた強制わいせつ事件3件に関わったということで実刑判決を受けていたのです。面識のない女性を刃物で脅し、猥褻な行為をしようとした結果、怪我をさせたのです。この事件で懲役3年6カ月の実刑判決を受けていました。捜査本部が性犯罪などの逮捕歴のある人物に調査対象を広げていたところ、矢野富栄が容疑者として浮かんだのです。

当時、矢野富栄の弁護人を務めた弁護士は、何回か面会をした時、おとなしい男だったというイメージを持ったそうです。「こんなおとなしい男がこんな大胆な犯行をするのか」と思ったそうです。弁護士は裁判の後は連絡を取らなかったそうで、非常に驚いていました。矢野富栄の心の中に何があったのか、バラバラ殺人事件を起こした動機など、今となっては永遠に不明です。

家族は気づいていた?

矢野富栄が島根女子大生殺害事件を起こした時、母親は気づいていたのではないでしょうか?バラバラ殺人事件を起こしている場合、どんなに平然としていても、長い年月を一緒に過ごしてきた家族なら、変化に気づくはずです。特に矢野富栄はわいせつ事件で実刑判決も受けています。息子の生活県内などを母親が知っていたとしたら、「もしかしたらうちの息子が?」と疑念を抱いたかもしれません。

矢野富栄は母が同乗した車による事故で死亡しています。この事故では母親も死亡しています。これは本当にただの事故だったのでしょうか?もはや推測をするしか、この事件を語るのは無理ですが、殺人事件を起こした息子と母親が事故を装って無理心中したと考えてしまう人もいるのではないでしょうか?

自慢の息子だったであろうに、いつから転落していったのでしょうか?そもそもなぜ平岡さんはあんな形で殺されなければならなかったのでしょう?犯人死亡という結果は、家族にとって辛いものだったでしょう。どこに怒りをぶつけたらいいのでしょう?

警察は矢野富栄の車を見逃していた?

警察は事件当時、平岡さんの遺体が遺棄された現場周辺を走っていた車の存在は把握していました。しかしこの時点では島根女子大生死体遺棄事件への関与が薄いと判断され、捜査線上から外されていしまいました。ところが自動車ナンバーを自動で読み取るNシステムで再度調べてみたら、この不審な車が事件発生後に浜田市内周辺を移動し、裏道を通ったりと不審な動きをしていたことがわかりました。

矢野富栄のデジカメにはおぞましい大量の写真画像が

事件現場を走っていた不審車があったことから、警察が性犯罪歴を持つ人物の洗い出しを行いました。結果、島根女子大生死体遺棄事件の重要参考人として矢野富栄の存在が浮かび上がりました。警察は矢野富栄について調べますが、既に死亡していたという無念の結果になったのです。しかし矢野富栄の自宅から、矢野富栄の遺品であるデジタルカメラやUSBが出てきました。そこに保存されていた画像に捜査員は息を呑みます。

遺品の中にあった画像とはどんなものだったのでしょう?矢野富栄が残していた画像はなんともおぞましいものでした。殺害された平岡さんの遺体の画像が57枚も残っていたのです。遺体の画像だけでなく、遺体をバラバラにするために使用した文化包丁の画像もありました。そんな画像の中には、遺体を切断していく過程を撮った画像もあったと噂されています。

矢野富栄逮捕に至らない無念の残る事件!

なぜ平岡さんは狙われたのか?

島根女子大生死体遺棄事件の犯人である矢野富栄は、どうして平岡さんをターゲットにしたのでしょう?2人が亡くなっているため、接点があったのか全く分かりません。初めから平岡さんを狙っていたのでしょうか?それともたまたま、1人でいる平岡さんを見つけた結果、被害者になってしまったのでしょうか?それにしても、あそこまで悲惨な殺され方をする理由があったのでしょうか?

猟奇的な事件として人々の記憶に残り続ける島根女子大生死体遺棄事件は、どういった動機で行われたのでしょうか?遺体にあのような酷い処理を施した理由は何だったのでしょう?犯人さえ挙がれば、少なくとも真実がわかると警察も必死に追いかけていことでしょう。しかし、矢野富栄が事故死したことがわかり、事件は永遠に迷宮入りになってしまいました。

事故死する前、矢野富栄は知り合いに「大変なことになった」と話したそうです。この「大変なこと」とはいったい何を指すのでしょう?衝動的に殺人を犯した犯人が、遺体の処理に困った結果、バラバラに切断して隠そうとするのは珍しい話ではありません。逮捕されたくはないはずです。しかしその場合は遺体を発見されないよう、あるいは発見が遅れるよう工夫をするはずです。

発覚を恐れるなら、ポリ袋に入れたり、土に埋めたりするのではないでしょうか?しかし島根女子大生死体遺棄事件の被害者、平岡さんの遺体は「見つけてくれ」と言わんばかりの状況で放置されていました。ただ遺体を処理して捨てた場所が有名な登山道だと知らなかったとしたら話はわかります。予想より早く犯罪が明るみになり、動揺して逮捕されたくないと自殺をしたのかもしれません。

それではなぜ証拠となる画像を残したのでしょう?発覚を恐れるなら消去するはずです。死後に発覚しても、どうでもいいといった捨て鉢になっていたのでしょうか?いずれにしろどれも推測の域を出ません。被害者の平岡さんはどれだけ無念だったことでしょう。このような理不尽な事件は2度と起きないように願うばかりです。

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