プチエンジェル事件の真相の闇が深い!組織や顧客名簿・少女のその後!

日本には解決されていない事件が数多くあります。今回ご紹介するのは、日本社会の闇を映し出していると言われている少女誘拐・監禁事件のプチエンジェル事件です。プチエンジェル事件の謎やプチエンジェルの組織について、徹底的に説明します。

目次

  1. プチエンジェル事件は闇が深い!
  2. プチエンジェル事件とその後
  3. プチエンジェル事件の続報が出ないのは?
  4. プチエンジェル事件の少女たちの現在
  5. プチエンジェル事件の組織と顧客
  6. プチエンジェル事件の噂
  7. プチエンジェル事件は漫画化している
  8. プチエンジェル事件の真相は暴かれるのか

プチエンジェル事件は闇が深い!

日本は一般的に、治安の良い国だと言われています。しかしその一方で、凶悪な犯罪や暴力的な事件もしばしば起こっています。そしてそれらのなかには、真相が解明されていない事件も、歴史的には数多くあります。例えば、1994年に起こった井の頭公園でばらばらになった死体が発見された井の頭公園バラバラ殺人事件は、犯人が特定されないまま、時効となってしまいました。

また、1991年に、イスラム教徒から批判を受けていたイギリスの小説「悪魔の詩」を翻訳した筑波大学の教授が殺害された、「悪魔の翻訳者殺人事件」も未解決事件のひとつです。悪魔の詩を批判していたイスラム教徒やその関係者による犯行が疑われていましたが、証拠不足により犯人が特定されないまま15年の時効が成立してしまい、捜査が打ち切られました。

そして、今回ご紹介する日本の未解決事件が、2003年に起こった「プチエンジェル事件」です。こちらの事件は、日本の犯罪史に残る謎の多い事件として今も語り継がれる、有名な事件です。プチエンジェル事件は、日本の闇の部分を映し出しているとも言われ、議論が錯綜しています。

プチエンジェル事件は、上でご紹介した2つの事件とは違い、犯人はすぐに特定されました。しかし、犯人を1人に特定するには疑問が多すぎると言われ、未解決事件として知られているのです。この事件の未解決事件としての特徴は、時効成立ではなく、警察の捜査打ち切りの決定により真相解明が阻まれてしまったことです。

プチエンジェル事件の真相には「闇」があると言われています。すべての罪を犯人1人に押し付けるには疑問点が多すぎると言われ、警察の捜査打ち切り、マスコミの報道ストップとタブー化が批判されています。政界・経済界・皇族まで、多くの著名人や影響力のある人の関与が疑われており、真相がわかっていません。

今回の記事では、日本犯罪史に残る重大事件・プチエンジェル事件について解説していきます。プチエンジェル事件の概要や犯人、事件や少女のその後などについてご紹介します。未だに多くの謎が残っている事件ですので、プチエンジェル事件について、全てを語ることができるわけではありません。しかし、この事件について、なぜ議論が起こっているのか把握しておきましょう。

プチエンジェル事件とその後

プチエンジェル事件とは?

プチエンジェル事件とは、2003年(平成15年)に起こった、真相未解明の小学生の女子生徒の誘拐・監禁事件です。この事件の名前にある「プチエンジェル」とは、プチエンジェル事件の犯人が経営しており、事件に深く関わる児童買春を行う企業の名前です。プチエンジェル事件の犯人は、29歳の男・吉里弘太郎です。

吉里は、最初は主婦の売春ビジネスを行っていました。しかし、その活動をしているときに自身の買春で逮捕され、事件が発生した当時は、執行猶予中でした。プチエンジェルの営業により多額の利益を得ていた吉里弘太郎ですが、事件が発生した当時の警察の調査によると、彼の銀行口座には35億円もの資金があったと発表されています。

吉里弘太郎は、売春ビジネスで得た巨額の資金で高級外車を乗り回す、派手な生活を行っていたようです。また、自身も少女愛を持っており、買春を行っていたとされています。若干29歳の吉里は政治会・経済界・芸能界などで強いコネクションを持っていたようで、彼らに対して少女売春などのビジネスを行っていました。

一方、プチエンジェル事件の被害者は、小学6年生の少女4人です。4人の小学生のうちの1人の少女は、2003年の7月のはじめ頃に渋谷でプチエンジェルにスカウトされ、吉里とも携帯電話で頻繁に携帯電話のメールや電話で連絡を取り合うようになります。その後11日に、吉里と連絡をとっていた1人を含む4人の少女は、「部屋を1万円で掃除してほしい」と吉里に誘われました。

そこで4人の少女たちは、渋谷で吉里と待ち合わせて、赤坂にあるウィークリーマンション「インターナショナルプラザ赤坂ナンバーワン」まで吉里の車で向かいます。このウィークリーマンションは吉里の自宅や事務所などではなく、この2日前に吉里が契約していたマンションです。

ただ、ウィークリーマンションとの契約は吉里名義ではなく、「ヤマザキ」という人物の名義で契約していました。ただ、マンションの一室を借りるためのその費用は吉里が払っていました。また、吉里はこの日、自身が所有していたフェラーリを売却しています。フェラーリは2台売却されましたが、そのうちの1台は当時の時価総額で2500万円もの価格がついている車でありました。

4人の少女たちは赤坂のウィークリーマンションに到着して、吉里との約束の通り掃除を始めました。しかし、ここで吉里の態度が豹変するのです。吉里は「ここに来た意味わかるよね」と少女たちに言い放ち、その少女たちを手錠と目隠しで拘束してしまいました。少女たちのうち2人は部屋から逃げようと試みましたが、その二人にはスタンガンで攻撃して脱出を阻みました。

吉里は、4人の少女の手錠にポリタンクや鉄アレイをつけて動くことのできないよう固定し、部屋から脱出しないようにスタンガンで脅しました。その日の深夜に、少女たちの保護者が警察に通報したことから、彼女らの捜索願が出されました。

また、吉里が誘拐を行った翌日には、渋谷のセンター街などでは、たむろしていた少年少女たちの一斉補導が行われました。そこで補導された少年少女は計1500人と、かなり大きい規模の一斉補導となりました。そして事件が発生した3日後、警察は偶然にも、別の容疑で吉里の逮捕状を出しました。

その容疑とは、中学2年生の少女の買春をしたという、プチエンジェル事件とは別の犯罪によるものです。警察は、吉里の自宅の周辺で聞き取り調査を開始しました。

そしてその日の朝9時、吉里は自殺してしまいました。ウィークリーマンションのリビングで練炭自殺をしていました。具体的には、ビニール袋のなかで七輪の炭に火をつけ、窒息することを狙いました。この自殺は成功し、吉里弘太郎は死亡してしまいました。その後一日経って、マンションに監禁されている4人の少女が物音が聞こえなくなったことに気づき、部屋から脱出を試みます。

4人のうちの1人が手錠を外すことに成功し、脱出に成功した少女はすぐにウィークリーマンションの外に出て近くの花屋に助けを求めます。花屋が警察に連絡し、被害者の少女4人は保護されました。その後吉里弘太郎の死亡も確認されました。監禁された少女たちが解放されたことで、プチエンジェル事件は一旦終着しました。

プチエンジェル事件のその後

ただ、プチエンジェル事件はこれで解決されたわけではありません。その後発覚したことから、この事件は闇の深い重大事件だと語り継がれるようになったのです。吉里についてはもちろん、その後捜査が行われましたが、そのなかで、吉里が借りていた埼玉県久喜市のアパートから、1000本以上のビデオテープと2000名ものプチエンジェルの顧客リストが発見されました。

警察はこのリストに入っていた顧客の多くが偽名だとして捜査を打ち切りました。しかし、顧客リストの調査以外にも顧客を特定する方法があったことから、この事件の打ち切りはかなり不自然なものでした。プチエンジェルには他にも不可解な点が多く残っているにも関わらず決定されましたが、財政会・政界・中国マフィアなど、各界からの圧力が働いていたと言われています。

また、プチエンジェル事件発生中や発生直後には連日この事件を報道していた大手のテレビ番組や新聞も、ある日を境にぴたりと報道を止めてしまいました。その後もプチエンジェル事件について触れることは全くなくなり、大手のマスコミにとって、プチエンジェル事件の真相追求は、一種のタブーとなってしまいました。

プチエンジェル事件の後の殺人事件

その真相について多くの噂が飛び交っていたプチエンジェル事件ですが、上で説明したように、マスコミは突然この事件に関する取材や報道を止めてしまいました。これは、一般の人の多くには、不可解に写っていました。そのなかでプチエンジェル事件を詳しく取材していたのが、アンダーグラウンド系のフリーライターとして活動していた染谷悟でした。

染谷悟は、ペンネーム「柏原蔵書」として活動しており、薬物・臓器売買・売春など、裏社会についての取材を行う、いわゆるアンダーグラウンド系の記事や書籍を発表していました。

染谷は、プチエンジェル事件が発生するのとちょうど同じ頃、2003年の7月に「歌舞伎町アンダーグラウンド」という、歌舞伎町をめぐる薬物やヤクザ・マフィアなどに関する書籍を発表していました。歌舞伎町アンダーグラウンドは大きな話題を呼び、当時の染谷は勢いに乗っている状態でした。そんな染谷が次に目をつけたのが、プチエンジェル事件だったということです。

しかし、プチエンジェル事件発生の2ヶ月後、新たに事件が起こりました。染谷悟が殺害されたのです。2003年9月12日、染谷悟の遺体は東京湾に浮かんでいました。プチエンジェル事件を取材している期間、染谷悟は友人に「中国のマフィアに殺されるかもしれない」とこぼしていたようです。そのため、染谷悟の殺人には、中国の組織が関係しているとも考えられています。

しかし、実際に殺人犯として逮捕された人物は違いました。染谷悟殺害の容疑で逮捕されたのは、鍵会社役員の桜井景三、元プロダイバーの熊本恭丈、無職の藤井亮一の三人でした。主犯格の桜井は、染谷と金銭関連や記事の内容に関してもめごとになっており、それが原因で殺人を犯したようです。

プチエンジェル事件の続報が出ないのは?

プチエンジェル事件は、警察が真相解明をする前に早々と捜査を打ち切りにしてしまいました。毎日毎日この事件を報道していたテレビや新聞などのマスコミは、その後突然報道をストップし、一切プチエンジェル事件の真相を取材したり、この事件について触れたりすることがなくなりました。プチエンジェル事件は、マスコミのなかでひとつのタブーになってしまったのです。

マスコミには、この事件に関わるとされている企業や政界、ヤクザなどから圧力がかかっていたと言われています。その根拠のひとつとして、マスコミがプチエンジェル事件発生当初、事件の発生場所を赤坂ではなく渋谷として報道していたことが挙げられます。赤坂といえば、内閣府などがあり政治に深い繋がりのある場所です。また、政治家の利用する料亭も多くあります。

どのメディアも、その赤坂をプチエンジェル事件の現場として報道しなかったことは、単なる間違いではなく、何か政界からの力が働いているのではないかと疑われています。一斉にこの事件について触れなくなったり、間違った場所を事件現場として報道したりして真相追求を避けるようなマスコミの態度も、当時は問題とされました。

プチエンジェル事件がネットで騒がれ続ける理由

プチエンジェル事件には、解決されていない謎が数多く残されています。しかも、プチエンジェルの顧客には政界や経済界の重鎮、医者、弁護士まで並んでいると言われており、そういった人々がマスコミや警察を抑えて報道を止めていると考えられていることから、ただ一つの事件としてだけではおさまらない社会問題であり、その後もインターネットで騒がれ続けています。

プチエンジェル事件に残された謎の一つが、犯人である吉里弘太郎の行動や資産についてのことです。吉里が経営していたプチエンジェルは、35億円までの売上を稼ぎ出しました。しかし、プチエンジェルは吉里だけが経営し、他には報酬をもらってスカウトを行っていた女子高生のみで運営されていたと警察は発表しました。

しかし、いくら違法ビジネスとはいえ、たった1人で35億円もの額を稼ぎ出したというのは、どう見ても不自然ではないでしょうか?プチエンジェルの顧客には、各界の重鎮が多くいましたが、29歳の吉里が1人でそれだけの顧客を数多く集められたというのも不可解なことです。

また、プチエンジェル事件の前や少女たちを監禁した後の行動も不可解です。吉里は事件を起こす直前に、自身の所有するフェラーリ二台を売却していますが、なぜそのようなことをしたのでしょうか?吉里は金に困っていた様子も見られませんし、事件直前にそのようなことをする必要性がわかっていません。

被害者の少女たちの行動にも謎が残ります。吉里は死亡しましたが、その後少女たちが脱出を試みるまで一日ありますが、その間吉里が死んだことに全く気づかなかったのでしょうか?常識的に考えればウィークリーマンションの薄い壁から、椅子やビニール袋を使う音が聞こえたり、炭を燃やす匂いに気づいたりしたはずです。

1人の少女は脱出して助けを求めに行きますが、一番近くのお店であったはずのコンビニではなく、わざわざ大通りを渡った先にある花屋に行ったのです。しかも、花屋は、始めは「窓から少女が助けを求めた」と証言していますが、その後の警察の発表では「少女が裸足で駆け込んできた」という証言に変わっていたのです。

プチエンジェル事件には、以下でも説明するように、数々の謎が残っており、その真相が未解決の事件として未だにネットで問題・話題になっています。

吉里弘太郎の家族に関する噂

吉里弘太郎は事件が起こるかなり前の時期から、売春ビジネスを行っていました。また、自らも少女の買春を行った経験や、主婦の買春で逮捕履歴もある、かなりの問題人物でした。そんな吉里弘太郎は、多くの凶悪犯罪事件の犯人がそうであるように、暗い過去を持っていました。吉里弘太郎の家族は、全員自殺や自殺未遂を起こしていたのです。

吉里弘太郎の父親は、1993年に難病の頭頸部ジストニアを発症していましたが、それをきっかけに、3年語の1996年に自殺してしまっていました。吉里弘太郎の兄もその3年語の1999年に自殺をし、2年後の2001年には母親が自殺未遂をしました。事件発生前の10年弱のうちに家族が次々と自殺するショックは、吉里弘太郎にとって大きなストレスであったことが想像できます。

また、吉里弘太郎自身もアトピー性皮膚炎の持病を抱えており、かなり苦しんでいたようです。多額の収入を得て、35億円ものお金を抱えていた吉里ですが、知人には自殺する願望を度々打ち明けていたという噂もありました。

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プチエンジェル事件の少女たちの現在

プチエンジェル事件の少女たちの実名は?

プチエンジェル事件は性犯罪の可能性が高いことから、被害者の少女4人を配慮し、実名は報道では明かされませんでした。プチエンジェル事件が報道された後、インターネットの掲示板・2ちゃんねるに、被害者の少女4人の実名と顔写真が載せられたことありました。しかし、その直後に法務省から削除命令が出たことで、今では閲覧できない状態となりました。

そのため、プチエンジェル事件の被害者の少女たちの実名は警察だけに隠されており、わかっていません。それゆえ、現在27歳であろう被害者の4人の少女の現在の様子も、わかっていません。

プチエンジェル在籍の少女たちの現在は

プチエンジェルには、事件の被害者の4人だけでなく、多くの少女が在籍していました。プチエンジェルの経営者であった吉里は、まずは部屋の掃除をさせるだけでお金を渡すなどして信頼させ、その後友達を勧誘させるなどして多くの少女をプチエンジェルに在籍させていました。しかし、プチエンジェルに在籍していた少女たちは、その後はどうしたのでしょうか?

プチエンジェル事件後すぐ、渋谷ではすぐに一斉補導がされたため、プチエンジェル在籍の少女のなかにも補導された少女もいたでしょう。また、その後アイドルグループのメンバーやモデルとして、芸能界で活動しているとプチエンジェル在籍者もいると言われています。しかし、それが具体的に誰なのか、そもそもその噂は真実なのか、真相は定かになっていません。

プチエンジェル事件の組織と顧客

プチエンジェル事件の組織は

プチエンジェル事件の犯人・吉里弘太郎が経営していたプチエンジェルとは、どのような組織だったのでしょうか?プチエンジェルは、児童買春デートクラブです。もちろん違法組織ですが、吉里はこの会社の経営で巨額の利益を得ていたようです。プチエンジェルは、女子高生に小学生から高校生ぐらいの少女をスカウトさせていました。

実際に売春が成立すればスカウトした女子高生に1万円から3万円ほどのバッグを与えていました。スカウトは渋谷を中心に行われており、センター街でたむろする女子中高生や家出中の少女が多数スカウトされていました。男性の顧客との性行為や下着の提供、裸の写真の撮影を行わせていました。また、プチエンジェルはアダルトビデオの製作と販売も行っていました。

プチエンジェル事件の顧客は

少女4人を誘拐した吉里弘太郎ですが、29歳というまだ若い年齢で、かなり幅広い人脈を持っていたと言われています。プチエンジェルで少女の売春ビジネスを行っていた彼の顧客リストのなかには、医師・弁護士・有名な上場企業の役員・政治家など、かなり有力な人々がいたようです。そのような顧客から、彼は巨額の金を稼いでいたとされています。

プチエンジェル事件の後の捜査で、吉里が借りていたアパートから、2000名もの顧客が乗っていた顧客リストが押収されました。プチエンジェルはもちろん違法企業ですし、それを利用して買春するのも違法です。それにも関わらず、警察はプチエンジェル事件の捜査を打ち切りにし、その後顧客リストの調査をまともに行わず、顧客リストに乗っていた人物の逮捕もしませんでした。

しかし、プチエンジェルの顧客には政界から経済界、芸能界まで、各界の重鎮がいたと言われています。そのため、吉里の自殺や警察の捜査打ち切りには、そのような表に出てはいけない重大な顧客たちからの圧力があったことが関係していると言われています。

プチエンジェル事件の噂

プチエンジェル事件には皇族が関与?

プチエンジェルの顧客リストには、様々な界隈の重鎮が並んでいたと、繰り返しご説明しましたが、皇族の名前もこの顧客リストに入っていたという噂もなかにはあります。ただ、これには特に根拠はありません。経済界・政界では具体的な名前が上がっている人物もいますが、皇族に関しては、リストに乗っていたのが誰の名前なのかということも示されずに噂になっているようです。

プチエンジェル事件の現場となったウィークリーマンションの噂

プチエンジェル事件の現場、少女たちが換金されたウィークリーマンションは、赤坂にあった「インターナショナルプラザ赤坂ナンバーワン」です。ぱっと見ると普通のマンションですが、この物件はただのウィークリーマンションではない、ワケあり物件であると言われています。実は、この物件と土地は、政界の重鎮・小沢一郎の政治団体「陸山会」が所有していたものだったのです。

陸山会は2006年に収支報告書偽造が発覚して強制起訴されますが、事件で使われたインターナショナルプラザ赤坂ナンバーワンも、陸山会が所有ていた物件のうちのひとつだったのです。プチエンジェルの顧客リストのなかには、政界の関係者も複数存在していたと言われていましたが、このウィークリーマンションが陸山会の所有物であるということで、関連が疑われています。

このウィークリーマンションですが、入居者には夜の業界の関係者や外国人ばかりで、良くない噂も多い場所でした。政治と関わりの深い赤坂という土地の物件を政治家が所有しており、しかも怪しい人の出入りが多いマンションが舞台となったということから、この事件の真相には、政治家の影もちらついています。

また、こちらのマンションを所有している陸山会は中国の政界やマフィアと強いつながりがあること、この事件を取材し、その直後に殺害されたフリーライターが「中国のマフィアに殺害されるかもしれない」と発言していたことから、中国の何かしらの組織も、プチエンジェル事件に関与していたのではないかという噂もあります。

吉里弘太郎の自殺に関する噂

吉里弘太郎はプチエンジェル事件のなかで自殺して死亡していますが、その死因は練炭自殺であると発表されています。しかし、実はこの死因ではないのではないかという噂があります。吉里弘太郎は自殺のために、椅子の上にテント状にビニール袋を張り、そのなかで七輪に火をつけて自殺を試みます。しかし、この状態で火をつければ、ビニール袋が溶けてしまいます。

ビニール袋が溶けてしまえば、そこから空気が入り込み、練炭自殺をすることはできません。この点について、報道番組の「バンキシャ!」では真相を解明するため、検証が行われました。こちらの番組内で実際に吉里弘太郎の自殺方法を実験したところ、吉里のやり方で自殺するのは、不可能ではないようです。

しかし、この方法で自殺を成功させるためには、椅子の下に七輪を設置して、大量に睡眠薬を飲んだ状態になる必要があると実験結果からわかっています。他にも色々な自殺の方法があるなかで、わざわざその死に方を選ぶというのはかなり不自然なことではないでしょうか?

また、練炭自殺をする際に、被害者の少女4人が気づかなかったのも不自然です。一刻も早く逃げたいであろう少女たちが脱出を試みたのは、吉里弘太郎の自殺から一日後のことです。いくら慎重に自殺しようとしても、椅子を動かす音やビニール袋のテントを張る音などが全く聞こえないということはありえるでしょうか?

プチエンジェル事件は漫画化している

数多くの謎が残されており、今なお様々な憶測や噂が飛び交っているプチエンジェル事件ですが、この事件を題材のひとつとして扱っている漫画があります。プチエンジェル事件を題材にした漫画「ギフト±(プラスマイナス)」は、「TENKAFUBU 信長」などで知られる漫画家・ナガテユカが、日本文芸社が出版する週刊漫画ゴラクで2015年から連載されており、現在も連載中です。

ギフト±のストーリー

ギフト±は、直接プチエンジェル事件の名前を出しているわけではありませんが、この物語の中心となる「プティシャトン事件」は、プチエンジェル事件を示唆しています。漫画の主人公・鈴原環(すずはらたまき)は表では普通の女子高生、裏では凶悪犯罪者の臓器を取り出す臓器売買グループの中核メンバーとして活動しています。

環は凶悪犯罪者の臓器を取り出す臓器売買グループの一員ですが、リーダーの秋光崇は環に強烈な愛情を抱いています。秋光は、環が秋光のグループの一員、英琢磨を密かに思っていると知ると、秋光は怒ります。また、児童買春を行う会社の経営者が起こしたプティシャトン事件と臓器売買のつながりを、元刑事の阿藤と現役警察の桜田が調査し始めます。

crimacoolさんの投稿
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ギフト±はかなり人気のあるマンガで、2018年9月現在、コミックで13刊まで発行されていますが、シリーズ累計220万部を突破しています。また、2018年9月21日からはアニメアプリ「アニメBeans」でアニメ版が配信され、話題となっています。ここからは、プチエンジェル事件のその後も事件の記憶が日本の社会のなかに残っていることを伺うことができますね。

プチエンジェル事件の真相は暴かれるのか

今回は、2003年に発生した未解決の少女誘拐・監禁事件の「プチエンジェル事件」の犯人や概要・噂や憶測・その後に起こったことなどについてご紹介しました。上でご説明したように、プチエンジェル事件の真相解明には、多くの謎が残されています。その後も、関係者や顧客リスト、事件の流れについて、様々な噂が発生しており、真相は見えにくくなってぃす。

事件発生から15年ものときが経った2018年の現在でも、インターネットでは、市民レベルでプチエンジェル事件について多くの議論がなされています。日本社会の闇の部分を表している事件として、警察やメディア、ジャーナリストには、真相の解明が強く求められています。

警察は、プチエンジェル事件に不可解な点が多数残されているのにも関わらず、吉里弘太郎が単独で起こした事件ということで決めつけて発表しています。真相は闇の中に眠ったままの状態になっていますが、その後も捜査は行われていません。マスコミもその後この件については触れたがりませんし、フリーライターの染谷悟も殺害され、亡くなってしまいました。

この事件に首を突っ込めば、染谷のように殺害されてしまう恐れもあります。そのため、この事件の真相解明の見込みは立っておりません。しかし、プチエンジェルの顧客リストなど、真相の一部を解明するヒントもないわけではありません。2015年に起きたある60代の男性経営者の離婚裁判で、プチエンジェルとの関わりを匂わせるような妻による暴露がありました。

彼は、事件が発生した後、その男性「あの子達、やられちゃったみたい」と妻に話していたというのです。このような証拠は、その後、少しずつ出てきているのです。プチエンジェル事件の真相が解明される可能性も、まだ残されていると言うことができます。ただ、重要な人物の利権が絡んでおり、事件の真相が表に出る可能性は低いと言わざるを得ません。

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